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John F. Kennedy assassinationの地を訪ねて。

シロクマ家はボストン時代、John F Kennedy生誕の地、「Brookline」という町ですごしました。Adult EducationにてESLのクラスをとっていた私は少しだけですが、John F Kennedyについて学び、フィールドトリップとして、John F Kennedyの生家を訪ねJohn F Kennedy本人のみならず、ドラマチックなKennedy一家の軌跡を垣間見てきました。

そして、その後シロクマ氏のダラスへの転勤が決まり、「生誕の地から、暗殺の地へか・・・なんとなくこれも何かの縁かしら・・・ぜひ訪ずれておかねば。」と以前から思っていたところへ足を運んできました。

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暗殺された場所は今でも「X」で示されていて多くの人が訪れます。
写真はその射殺された場所から暗殺者がいたであろう、教科書倉庫(手前の明るいレンガの建物)を写したもの。その距離が想像していたより遠く意外でした。



そして、この教科書倉庫の6階フロアーは「The Six Floor Museum」として使われています。John F Kennedyの暗殺に関しての一部始終の展示がしてあり、暗殺者Lee Harvey Oswaldが射撃した場所に立つこともでき、事の次第をオーディオツアーで聞くことができます。
John F Kennedyの暗殺の話はあまりにも有名で映画にもなっているし、ことの次第はそれなりに知っていましたが、改めて暗殺に関する一部始終を見て「クレイジーLee Harvey Oswaldの単独行動、その後、重要人物が意図も簡単に警察と報道関係者から顔パスで出入りが許されていたといういわば一般市民の(英語のテキストにはMafiaと書いてあります。)Juck Rubyという男に殺され、あっさりとこの惨劇の詳細は闇に葬られ。このOswald殺しのJuck Rubyという男もその後死刑を言い渡されるものの、上訴、再審が始まる前に癌によってこの世を去る。というこれまたあまりにもあっさりとした結末。・・・「John F Kennedy暗殺の背景がこれだけにとどまっているわけないだろ~。」という疑惑の念がますます強まってしまいました。というのが感想です。

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いずれにしても、事の真相はどうであれ"common enemies of man: tyranny, poverty, disease, and war itself." と世界に語りかけた(このほかにも心に響く言葉を残しているのですが・・・完璧に覚えていないので書けずに残念ですぅ。)、この若き35代アメリカ合衆国大統領が、任期を全うしていたなら・・・少なくとも生きていたなら、今日のアメリカ史だけでなく、世界史でさえも変わっていたかもしれない。・・・少しでも戦争を減らすことができていたかもしれない。と思うと非常に惜しい人を失ってしまった。という残念で悲しい気持ちになりました。

by sumie-s | 2008-04-12 12:55 | Outing-Dallas
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